大判例

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東京家庭裁判所八王子支部 平成3年(家)840号・平3年(家)841号

主文

本件申立てを却下する

理由

1  申立ての趣旨

申立人は、「相手方両名を大塚忠の推定相続人たることを廃除する」との審判を求め、相手方は主文同旨の審判を求めた。

2  証拠上明らかに認められる本件の経緯・背景

(1)  申立人亡大塚忠(以下「忠」という)は、先妻大塚ミツとの間に相手方大塚俊輔(以下「相手方俊輔」という)を含む5人の子供をもうけ(うち男は相手方俊輔だけであり、3女は夭逝した)たが、昭和22年に先妻が死亡したため、昭和28年3月に大塚要子と再婚した。忠は、身体が弱く要子よりも年上であったため自分が先に死ぬものと考え、そうなった場合には、相手方俊輔と要子との仲が必ずしもよくなかったので、将来の要子の扶養に備えて、昭和44年4月2日に要子と相手方俊輔及び相手方俊輔の妻相手方大塚淳子との間に養子縁組をさせ、更に昭和53年1月26日に忠が所有かつ居住していた東京都○○区○○○×丁目×××番所在の土地と建物(以下「本件不動産」という)を要子に贈与し同女名義とした。忠と相手方両名は、徒歩で30分位の距離に住み、忠や要子の病気の際には入院の手配や世話をするなどの交流があった。

(2)  昭和63年7月に要子が死亡した。忠は予期に反して要子が自分より先に死亡してしまったため、先に要子に贈与した本件不動産を取り戻そうと考えて、相手方らに1000万円を渡して要子の遺産に対する相続権を放棄するように迫ったが、相手方らはこれを拒否した。このころから忠と相手方らの関係が悪化し(後記のとおりこのころの相手方らの言動が本件の廃除事由として主張されている)、忠は、本件不動産を売却して千葉に住む二女竹内友子の世話になろうと考えて、同不動産の売却方を不動産屋に依頼するとともに、竹内友子方の隣地に同女名義で土地を購入して家を新築し平成元年6月に転居した。

(3)  この間、平成元年3月22日に忠は、自己の遺産をすべて2分の1ずつ長女小林久子と二女竹内友子に相続させ、かつ相手方らは「遺言者に対し、遺言者は千葉に行って早く死ね、80まで生きれば十分だ等とののしり、重大な侮辱を再三にわたって加えたので、右両名は、遺言者の推定相続人から廃除する。」旨の公正証書遺言を作成し、更に、同年4月25日に要子の遺産(本件不動産)についての遺産分割調停と相手方両名に対する推定相続人廃除調停の各申立てをした。上記調停事件は、主に前者を中心に7回にわたって調停期日が重ねられ、平成2年4月16日に、本件不動産を忠が100分の70、相手方両名が各100分の15の割合で共有取得した後速やかにこれを売却してその代金を上記持分に応じて取得する旨の調停が成立した。その際、推定相続人廃除事件をどうするかとの話も出たが、忠側でしばらく考慮するということで期日は終了した。忠は平成2年5月15日死亡したが、同年10月19日上記遺言の執行者である○○○○弁護士が受継の申立てをして、平成3年2月6日再度調停期日が開かれ、同年4月8日調停不成立と成って本件審判に移行した。

2  本件の争点

(1)  申立人は、以下のような事由により相手方らの相続人廃除を求めている。即ち

<1>  相手方俊輔は、昭和63年7月ころ、法事のことで口論となって、忠にやかんを投げつけて、忠に傷害を負わせた。

<2>  相手方らは、昭和63年の後半ころ、要子の遺産分割をめぐって忠と対立した際、父である忠に対し「80才まで生きれば十分だ、千葉へ行って早く死ね」、「火事になって死んでしまえば良い」などと言い、また、忠の生活上不可欠の助力をしてくれていた家政婦の小山和江を排除しようとし、更に同家政婦が心臓発作の危険のある忠を剌激しないようにと頼んだのに対し「刺激を与えたほうが忠のためである」「病気で早く死ねば良い」などの暴言をあびせた。

<3>  申立人俊輔は、夜間忠方に電話をして「話をつける」などと言って忠を脅迫し、忠は家政婦の小山方へ避難しなければならなかった。

(2)  これに対し相手方らは、上記の事実を全て否定している。

(3)  本件の争点は、上記の事実の有無及びこれらが民法892条の廃除事由に該当するか否かという点である。

3  当裁判所の判断

(1)  一件記録によれば、昭和63年の後半ころに、申立人が主張するように、上記2(1)<1>から<3>のような事実があったものと認められる。そしてこれらの言動は忠に対する暴行、侮辱といわざるをえない。

(2)  しかしながら、これらの事実が民法892条の廃除事由に該当するか否かは慎重な判断が必要である。

まず、上記各事実は、昭和63年の後半に限られ、その前にも後にも存在していない。即ち、それ以前には、忠と相手方らとは完全に友好的とまでは言えないまでも通常の交流があり、また相手方らは忠や要子の病気の際に入院の手配やその後の世話もしていたのである。また、平成元年以後は調停の席上での対立はあったものの、それ以上の侮辱や非行があったとは認められない。これは、昭和63年7月に要子が死亡して以後、忠がその遺産分割について、忠が相手方らに1000万円を支払って遺産を忠が全て取得すると提案し、相手方らがこれを否定したことに端を発し、忠が調停申立てをするまでの間の両者の対立に起因するものだからである。

なお、相手方らの侮辱的言動の外に上記2(1)<1>の暴行の事実があるが、これは上記の遺産分割の経緯とは直接関係はなく、むしろ法事のありかたをめぐっての一時的対立から発生した一過性のものと考えられ、忠自身も、自らが作成した上記公正証書遺言の廃除事由にこの事実を挙げてはいないのである。

このようにみてくると、申立人が廃除事由として主張する相手方らの言動は、忠に対する侮辱であり父に対してなすべき行為でないことは言をまたないが、その言動がなされたのは、忠自身の提案に端を発した一時的に限られており、忠の病弱という背景があったとはいえ上記の紛争が調停成立により終了していることをもあわせ考えると、相手方らの言動は、未だ民法892条にいう廃除事由には該当しないと判断するのが相当である。

よって、主文のとおり審判する。

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